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山之内製薬は、2005年4月1日に藤沢薬品と合併してアステラス製薬となりました。 山之内製薬株式会社(本社=東京都中央区)の欧州進出は業界の先陣を切るものだった。1988年にアイルランドに原薬工場を、90年には英国に研究所を設立。次いで、91年にオランダの名門企業ヒスト・ブロカデス(Gist-brocades)社の製薬部門を買収し、欧州全域の販売拠点を獲得する。94年にはオランダ現地法人を「山之内ヨーロッパ(Yamanouchi Europe B.V.)」に改称、欧州13ヵ国にある販売拠点の統括本社とするとともに、新たにR&D拠点となる研究所を設立。さらに翌95年、オランダ・メッペル(Meppel)に製剤工場が完成し、オランダを中心とする研究開発から生産・販売までの欧州一貫体制が確立された。 欧州での販売は好調に推移し、メッペルの生産能力と従業員は大幅に増強されたものの1995年に新設した複合施設では対応しきれなくなったために、その後総額900万ユーロを投じて拡張を行い2000年末から稼働を開始した。 拡大を続けるメッペル工場 山之内製薬はオランダ人労働者の柔軟性と労働倫理も高く評価している。同社では、工場スタッフの10%が「フレックシー」すなわち派遣社員であるため、生産需要に応じて就業者数をフレキシブルに変更できる。メッペル工場は8時間3シフトで24時間操業しているが、この操業時間に関する協定を労働組合と交渉した品質管理部門トップは、「こんなことはヨーロッパのどこでも実現できるというわけではないのですよ」と胸を張る。この背景には、1980年代の立法措置および雇用主と労働組合の団体交渉によって、オランダの労働者が柔軟になったという事情がある。オランダがヨーロッパでは珍しいほど労働争議の少ない国になったのもそうした背景によるものである。 山之内製薬がヨーロッパの生産拠点としてメッペルを選んだもう一つの理由は、この地域がロジスティクスの面で優れていたことだ。工場は高速道路と鉄道に隣接しており、ヨーロッパの大陸部など主要市場に出荷するには最適な立地となっている。メッペルはオランダ北部の都市だけに大都市のような交通渋滞や喧騒もなく、静かな環境と迅速な輸送が同時に実現されている。しかも、アムステルダムのスキポール空港までは車で90分の距離にある。北部オランダ投資開発公社(N.V.NOM)と地元政府から手厚い支援を受けたことも山之内製薬の決断を促した。「政府当局やNOMとは良好な関係にあります。いつでも必要なときにはすぐに相談に乗ってくれますしね」と品質管理部門のトップは語る。 生産とイノベーションの中心 R&Dとイノベーションは山之内製薬にとって最優先課題である。ライダードルプ(Leiderdorp)の研究所では、フローニンゲン(Groningen)、ライデン(Leiden)、ユトレヒト(Utrecht)の各大学や医療機関など協力して、DDS(生体内各部位への薬物送達システム)の開発に取り組んだことがあるほか、製剤研究、臨床試験、薬理試験などが続けられている。日・米・欧にまたがるグローバルな開発プロジェクトも活発で、オランダはR&Dの世界的ネットワークの一翼を担う。メッペル工場長は、「新製品の開発とともに、新しい効用や使い方の提示、東欧などの新市場開拓に努めて、現行製品のライフサイクル延長にも努めています」と語っている。 メッペルでの生産は、ロンドンの山之内製薬ヨーロッパ本部、ライダードルプ(Leiderdorp)の研究所、マーケティング販売本部と密接な連携をとって行われている。山之内ヨーロッパ社はイタリアのカルガテ(Carugate)にも生産拠点をもっており、ロシアを含むヨーロッパ域内13ヵ国に子会社を配している。メッペル工場は山之内製薬のヨーロッパにおける製剤生産の中核施設で、全生産量の72%を担っている。メッペル工場長は「ここの環境はじつに素晴らしいものです。北部オランダで仕事ができて本当に幸せです」と語っている。 山之内製薬について 欧州拠点としてオランダを選定したのは、オランダ企業の買収が発端ではあったが、結果として生産・販売・R&Dをオランダに集約して成功を収めたのは、「外国企業に開放的なオランダの風土、新しいものにも積極的な進取の国民性が大きな要因」という。教育水準が高く、英語が堪能なこと、交渉やマネジメント能力に長けていることなど、オランダ人従業員の質も高く評価している。
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